◆ Doujin ◆


「ああ、びっくりした。私以外にサボってる人がいるなんて思わなかった」
 妙に親しげな話し方をしながら、少女が智恵理の隣に歩み寄ってくる。
 黒光りする柵の前でうんっと伸びをすると、智恵理と同じように遠くの海を眺めた。
「余計なお世話かもしれないけど、サボりはよくないんじゃない?」
 かも、ではなく余計なお世話だ。
 声をかけられることさえ、今は鬱陶しく感じる。
「うるさいな。お前もサボってんだろ」
「だから言ってるの。ちゃんと授業には出たほうがいいわよ」
 気が強そうには見えなかったはずの顔に、いつの間にか不敵な笑みが浮かんでいる。
 智恵理はぷいっと顔を背けて無視することに決めたが、どういうわけか少女はまじまじと視線を送ってきた。
「綺麗な色してるのね」
「……は?」
「心に秘めた夢……とっても綺麗な色をしてる。もっと外に出してあげないともったいないくらい」
「……はあ?」
 意味不明。
 智恵理は疑わしげな目で睨み付けてやったが、少女に動じた様子はない。口元に手を当てながら、くすくすと可愛らしい笑顔を見せるだけだった。
「お前……なに?」
「なにが?」
「ワケわかんねぇこと言ってんじゃねぇよ。新手の宗教勧誘ならあっち行け」
 手の甲を見せながら、しっしっとそれを縦に振る。
 だが、少女はゆっくりと首を振って否定すると、どこか困ったように笑って見せた。
「そんなんじゃないわよ」
「だったらなんだっての」
「正直な感想を言っただけ。本当に綺麗な色だから」
「……意味わかんねぇ」
「夢の雫が溢れてる」
 その言葉が、なぜか智恵理の胸にすとんと落ちた。
「もっと素直に、自由にしてあげたらいいのに……」
「何なんだよ……お前……」
 心の中を見透かされているような気分になって、智恵理はごくりと息を呑んだ。喧嘩をすれば勝てそうな相手なのに、何故だか恐怖心さえわいてくる。
 対して少女は薄く笑い、微風で乱れた短い髪を掻き揚げながら言った。

「魔術師」

 イカれた奴――。
 声にこそ出さなかったものの、智恵理は心の中で少女を嫌悪した。馬鹿にされているような気分にさえ陥った。

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